先日、70代の女性で、下の奥歯の痛みを訴えている方を施術しました。

噛みしめると下の奥歯に痛みが出る状態です。

「歯が痛い」と聞くと、顎まわりの筋肉を触ったり、顔にあるツボを使ったりする治療をまず思い浮かべる方もいると思います。

もちろん、局所を確認すること自体が間違っているわけではありません。

ただ、私はそれだけでは十分ではないと考えています。

痛い場所と、治療する場所は同じとは限らない

身体全体のツボの反応を確認していくと、私が最も強く感じたのは、胃腸の反応でした。

年齢的な要因や自律神経の状態なども含め、全身をみながら施術しました。

結果として、今回は顔や顎周辺のツボは一つも使っていません。

施術前には、噛みしめると出ていた奥歯の痛みが、施術後には出なくなりました。

ただし、その場で痛みがなくなっただけでは、一時的な変化の可能性もあります。

そのため、その日は経過をみてもらいました。

翌朝、患者さんから、

「歯、喉の痛みがすっかり消え、昨晩、今朝とも食事が美味しく頂けました」

との連絡をいただきました。

症状のある場所だけを追いかけないことの大切さを感じた症例でした。

鍼灸師が「局所だけ」を見ることへの違和感

私は以前から、

「腰が痛いから腰に鍼をする」
「肩が痛いから肩に鍼をする」
「歯が痛いから顎の筋肉に鍼をする」

という治療だけでは、鍼灸の持っている良さを十分に生かせないのではないかと感じています。

西洋医学的な解剖や生理学の知識はもちろん必要です。

局所の筋肉、神経、関節を考えることも重要です。

ただ、それだけで治療を組み立てるのであれば、なぜ鍼灸師が脈をみたり、舌をみたり、腹をみたり、虚実を判断したりするのか。

私はそこを忘れてはいけないと思っています。

「病名」ではなく「その人」をみる

少し前、鍼灸師会の会長と話す機会がありました。

その会話の中でも、現在の鍼灸臨床では、西洋医学的な局所治療に偏り、虚実など東洋医学的な身体の見方を十分に行っていない施術も少なくないのではないか、という話題になりました。

また、医療機関側では鍼灸を取り入れたい、患者さんに鍼灸を紹介したいという考えがあっても、紹介先で期待したような治療が行われず、患者さんが医療機関へ戻ってくるケースがある、という話も聞きました。

考えさせられる内容でした。

鍼灸師自身が、鍼灸の価値を狭めていないか

鍼灸師が西洋医学を学ぶことは必要です。

ただし、西洋医学の知識を使って局所に鍼をすることだけが、鍼灸師の仕事になってしまったらどうでしょう。

東洋医学には、

  • 虚実
  • 寒熱
  • 気血津液
  • 臓腑
  • 経絡
  • 全身のツボの反応

など、その人の身体全体を考えるための視点があります。

これらを絶対視する必要はありません。

しかし、鍼灸師である以上、少なくとも身体を全体としてみる視点は失いたくない。

今回のように歯が痛い患者さんであっても、歯や顎だけを見るのではなく、

「この人の身体で、今何が起きているのか」

を考える。

私はそこに鍼灸の面白さがあり、同時に鍼灸師としての役割があると思っています。

鍼灸師自身が局所治療だけに鍼灸を狭めてしまえば、結果として鍼灸そのものの価値や立ち位置を下げてしまう可能性もあるのではないでしょうか。

一人の鍼灸師として、そこはこれからも大切にしていきたいと思います。